子供の話に同調していませんか?

我が家の12才の息子。
素直で単純な息子からは
『ただいまー』
のその声のトーンで、今日一日が充実していたかどうかすぐ分かります。

浮かない顔の日もあれば、元気が有り余っている様子の日も。

そんな中、息子は毎日色んな話をしてくれます。

学校であったこと
その中で感じたこと
楽しかったこと
面白かったこと
悲しかったこと
悔しかったこと

と、なるべく聞くようにしていますが、ついつい口を挟みたくなってしまう気持ちと葛藤している私がいます。

それでも、そこをグッと堪えて見守ることが大切なんですよね。

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ただ聞いてほしいだけ

楽しかったことや面白かったこと。

そんな明るい話しならいいのですが、友達と上手くいかなかった話なんかを聞いていると、
『あんたもなんでそんなこと言ったの?』
『やりすぎじゃない?』
『その言い方はよくないよね』
などなどなど・・・

つい口出ししてしまうのです。

学校から連絡がくるほどの大事件でもなければ、子供の日常にある些細なこと。

ただ

『大変だったね』

に留めたいのに、あーだこーだと小言を添えて、そのうち、続きが聞かずにはいられなくなり、聞くくせにダメだしばかり・・・

大体そんな状態に陥ってしまいます。

子供は解決して欲しくて親に話すわけではありません。

ただ聞いてほしいだけなんですね。

大人も同じ

私だってそう。
主人に愚痴るときは、『大変だったね』って言ってほしいだけ。
(言ってくれないけど。汗)

それを、
「お前が悪い、その言い方がいけない」
「そこをなおせ、あそこをなおせ」
頭ごなしに言われたら、話す気が失せますし、自分のこと嫌いなのかな、と自信がなくなってしまうでしょう。

唯一、自分の味方だと思っていた人から否定されていたら、今後の対人関係にも影響し、卑屈になってしまいます。

そのうち、愚痴さえも言えず、内に秘めてるようになってしまう。

それは子供も同じなのかも知れない・・・

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「大変だったね」で十分

子供からSOSがあれば別ですが、そうでない限りはどんな話しでも

そうかそうか。

大変だったね。

そうやって、ただ聞いていあげればいいんですね。

そのとき大事なのが、
「それは酷いね!」
「かわいそうに」
同調しないことです。

子供はただ聞いてほしいだけなのに、親が大袈裟に捉えてしまうと、大したことなかった話でも、自分を悲劇の中に置いてしまいかねません。

同調ではなく、
「大変だったね」
この一言で子供は救われるんですね。

でもこれは、子育ての中で何よりも難しいことだと思います。

どんな親だって、子供が辛く、悲しい思いをしていたら、心配になるものです。

ですが何をどうしても、親は代わってあげることはできません。

子供には子供の世界がある。

どんなに気になっても乗り越えるのは親じゃない、子供なんですね。

子供が経験してくることを、ドーンと受け止める母でありたいと思います。

見守ることの大切にさは意識しないと、「ついつい」が出てしまうのが私の悪い癖。

せっかく話をしてくれるのだから、唯一の味方になって聞き役に徹してあげたい。

そう思っています。

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