40代になって振り返る母子家庭だった子供時代


もう40歳を過ぎた私ですが、子供の頃の記憶から、母子家庭で育った「子心」の「本音」をまとめてみました。

私は、私たち姉弟をたった一人で育ててくれた母が誇りでした。

幼い子供を抱えて一人不安な母子家庭の方に、「こんな子供もいるんだ」と少しでも参考になれば幸いです。

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母子家庭で育った私の場合

母子家庭は可哀想なんかじゃない

「父親がいなくて可哀想に…」

これは本当によく言われました。

当時まだ母子家庭が珍しかった時代です。

父親がいないことに加え、その父親はギャンブル好きの借金王ということで、知っている方からすれば、見るからに哀れな子に映ったことだと思います。

両親が離婚したことで、小学校では私の担任先生と、弟の担任に校長室に私だけ呼ばれ、面談が行われました。

意味が分かりませんでした(笑)

「お母さんだけになったけど大丈夫か」
「姉として弟をしっかり支えるように」

先生としては心配だったのかもしれませんが、「先生も知っているんだ」と思うと特別視されているだけで、子供ながらに嫌悪感を抱きました。
私は放っておいてほしかったです。
何もなかったように接して欲しかったのです。

可哀想な子だとする大人の目が「可哀想な子」にしてしまうのだと思います。

確かに、両親揃っている仲の良い家庭からすれば、そんな元に生まれてこなかった可哀想な子供かも知れません。

気にかけてくれる気持ちには感謝もあります。

それでも、一見可哀想に見える形でも、子供だって苦労させられる父といるよりは、別れることで自由に、幸になれることもあるのです。

父親となぜ別れたかを知っていた

離婚の理由を子供が成長してから話す方も多いと思います。
それも幼いお子さんの心を想ってからこそ。

ですが、私の場合は幼いころから「お父さんとはこの先別れるかもしれない」ということは、母から隠さず言われていました。

それを聞いた時、妙に腑に落ちたのを覚えています。

私の場合ですが、ある程度の年齢まで父親を知っていたので、夫婦のやりとりや、両実家の話合いなど、大人は見せないようにしているつもりでも、実はしっかり見ていました。

話の詳細までは分からずとも、母親の顔を見れば、ただならぬことが起きていることは、子供ながらに察しが付くのです。

もし、両親仲の良い家庭なら、こんなに勘繰る子供にはならなかったかも知れません。

少なくとも私は、幼いころから両親の不仲を知っていたので、揉め事は敏感に察知していました(笑)

それを疑問に思ったとき、もし母が隠すようなことがあったら、困惑したかも知れません。

ですが母はいつでもざっくりと教えてくれました。
それは父の文句ではなく、事実をです。
子供向けにオブラートに多少包んではありましたが、私は「やっぱりねー」と思い、納得できたものです。

なので、両親が離婚する時も、「ついにきたか」と思ったくらいで、衝撃もありませんでした。
子供だった私にとっては「知る事」は必要なことだったのです。

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離婚の淋しさより母を失うことが怖かった

働きづめの母に甘えたり、慰めてもらったりした記憶はあまりありませんが、そんな淋しさよりも、母親がいなくなったら生きてはいけないと感じる恐怖の方が常にありました。

母の帰宅時間が少しでも遅れると、どこかで交通事故に合っているんじゃないかと一人不安で仕方なかったものです。

今のように携帯電話もなく、ただジッと待っていた時間はとても長く感じました。

帰ってきても、疲れた顔をしている母に、何を話しかけるでもなく、ただホッとしたのを覚えています。
これは片親でなければ味わうことのない感情だったと思います。

私の母は言葉足らずな人でしたので、安心させてくれるようなことは一切言ってくれなかったことも、なおさら不安だったのかも知れません。

今、子を持つ母になり思うことは、母も「自分がいなくなったらこの子たちは…」と、不安との闘いだったのだろうなということです。

母は2年前に他界しましたが、こうして自分の力で生活することができるまで育ててくれ、生きてくれたことに改めて感謝でいっぱいになります。

母が楽しそうにしていることが子供の幸せ

「離婚」という家族の一大事を子供が乗り越えるのに、母親の笑顔は欠かせません。
母親が楽しそうにしていると子供も嬉しいのです。
幸せを感じるのです。

とはいえ、私の母は元気で前向きな人でしたが、いつもニコニコしていたかと言われると、そうでもありませんでした(笑)

そんな母が珍しく楽しそうに笑っていたり、私の言う話をニコニコ聞いてくれると、嬉しかったものです。

とはいえ、このことが容易ではないことは母になった時に身に沁みました。

今では、あの頃の八つ当たりだろう態度も、笑顔になれなかった時期も、なってしまっても仕方がないと理解できます。

それでも当時の私は、そんな母に何もできず、気を使い、自分らしく接しれないことがもどかしかったです。

時に自分に向けられた母の笑顔を見ると、まるで私の存在を認めれているかのような幸せな気持ちになりました。

これは片親だろうが、両親揃っていようが、言えることなのかも知れません。

父親と自分は別物だと思ってる

離婚をすることで、母方にはチョー迷惑をかけてきた父です。

父親の常識のない態度や言動がいかに酷いかは、自然と私の耳にも入ってきました。

私にも父の血が流れているのに、お構いないしで父の話しているのはなんだかおかしくて、私も「そんなに非常識だったのー?」なんて驚きです。

その血があんたにも流れているんだよ!なんて言われたことは一度もありませんし、思われていると感じたこともありません。

別の人間だからこその話でもあります。

ただ、どんな父でも、私の知らない父や母のことを聞くことは嫌ではありませんでした。
それも父と母の歴史です。

父は父。

私は私。

要は気にしない、気にならないのです。

思春期は人並み以上の反抗期があった

子供の頃は逃げ場のない家庭環境の中、いい子でいるしかない子でも、ある程度年齢を重ねると、交友関係も広がり、行動範囲も増えていき、居場所を見つけていきます。

私も思春期になり、反抗期が訪れ、何度も道を外しそうになったことがありました。

言葉足らずな母でしたが、私がどんなに母を振り回しても、絶対に見放さなかった強い思いが、次第に私の心を溶かしていったのです。

母はどんなときも徹底的に私と向き合ってくれました。

十代の私にとって恥ずかしいくらい、友人の前でも体当たりで叱ってくれた母。
母にとって子供が命であることは、この時期に身をもって知りました。

親の心子知らず
と言いますが、時期が来れば伝わる想いがあるはずです。

また、思春期の出会いが教えてくれたことがあります。

この頃の私は、様々な家庭環境に育った友人たちに出会いました。
わが家は母子家庭とは言え、母一人でも必死で育ててくれる親がいる私は、なんて幸せなのだろうと感じたのです。

遠回りはしましたが、母の偉大さに改めて築くことができました。

人の痛みに寄り添える

同級生が落ち込んでいるときはすぐに分かりました。
そして、そんな友人に寄り添ってあげる存在でいたいといつも思っていました。

淋しい時、ただそばにいて欲しい子もいるし、聞いて欲しい子もいるし、紛らわして欲しい子ます。

そんな友人の表情や話し方で、何を求めているのか感じることができたし、応えてあげたいと思っていました。

学生時代は、たくさんの友人の相談も受けましたが、両親がいても、家族が仲良くても、みなそれぞれに悩みがあることを知り、寄り添い、励まし、元気づけ、同時に私も慰められたように思います。

この時かけた言葉たちは、私が順風満帆な生活を送っていたら説得力のない言葉だったかもしれません。

親のことは何も心配なく、子供らしく育ったとしたら、気づけなかった人の痛みや、恵まれていることのありがたみには疎かった子供時代だったでしょう。

経験しなくていい痛みかも知れませんが、経験したからこそ、人の痛みに自然に寄り添えたのだと思っています。

あの心屋仁之助さんが、以前「何もなく育ってきたのがコンプレックス」とコメントしていましたが、贅沢に感じながらも頷けました。

母に育てられたことを誇りに思う

母一人で2人の子供を育てていくことは容易ではなかったでしょう。
仕事を増やし、必死で働いてくれました。

もし母が引け目に感じていたとしたら、母のその態度から私は自分を責めたかもしれません。

父を恨んだかもしれません。

「仕方ないじゃない」と後ろを振り向かない母だったからこそ、私はいつでも前を向いて生きてこれたのだと思います。

幼いころから母子家庭のお子さんや、私のようにある程度年齢がいってから父と別れるなど、家庭によって状況は違いますし、全ての子が私のように「母子家庭でよかった」なんて思うお気楽な子供ばかりではないかも知れません。

だからこそ、幼いお子さんを想い「不自由をさせてしまうのでは」と、その気持ちは不安でいっぱいの事と思います。

父親がいないからとか、片親だからとか、お子さんに対して引け目に思わず、堂々と育てて欲しいです。

お子さんが、あなたが、幸せになるための決断だったのですから。

以上。

母子家庭で育った40代主婦より。

子供たちが幼稚園に通っていたころ、ある方の「講演会」というものがありました。 今ではその方の名前も忘れてしまったのですが、幼児...

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