30年前に生き別れた父に会うべきか会わないべきか…

私には父がいません。

11才の時に両親が離婚してからは一度も会っていません。

とはいえ、それ以前からほとんど不在だったので、家族一緒に食卓を囲むとか、一家団欒などの記憶は私には一切ありません。

そのことで子供の頃、淋しい思いをしたことも一度もありません。

もしかしたら、無意識に感じていた淋しさはあったのかもしれませんが、その気持ちを満たすことを「父親」に期待をしたことはありません。

父はギャンブルで家にはほとんど帰らず、借金を繰り返し、母や親戚に散々迷惑をかけ、母と離婚したのです。

そんな父に、親らしさを求めても無駄なことは幼いながらに分かっていました。

父は母と離婚した後、住まいを点々としていたらしいですが、ついに消息不明となりました。

父の実家は行方知れずの父を探しているようでした。

結局父は見つからず、自分の母親が亡くなった時も、兄が亡くなった時も、葬儀にすら現れなかったそうです。

ですが私にとっては、父が生きていようと、死んでいようと、母が生きている時の私の人生には全く関係のないことでした。

そしてこれからもそうであると思っていました。

母が亡くなるまでは…

私にはまったく関係のない人だったのです。

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消息不明の父、見つかる

女手一つで育ててくれた母を64才で亡くしました。

このときから、私の人生において背負うものが変わったのです。

母の死から一年後、突然父方の親族から連絡があり、長らく消息不明だった父の所在が分かり、会いに行ってきた…そう言われました。

30年以上音沙汰のない人は、私にとって、もはや他人です。

今更消息を聞かされれても…そう思いました。

母が生きていたらなんて言っただろう…

そんなことを考えていると続けてこう言いました。

「どうやら肺がんで末期らしいの…」

言葉少なめに電話を切りましたが、私はなぜか涙が込み上げ、悔しいやら腹立たしいやら、なんだか分からない気持ちに一人ワンワン泣いたのです。

なぜ母が亡くなってからなのか
なぜ30年も前に別れた娘に連絡をするのか…

怒りの中に複雑な気持ちが絡み合います。

父親としての思い出はほとんどありません。
親らしいことをしてもらった記憶もありません

それでも母を亡くした私にとってその連絡は、考えさせられるものがありました。
きっと私は、この先会うつもりのない父親でも、「どこかで生きているだろう」…そう思っていたかったのです。

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父と会うことへの葛藤

「先は長くないだろうから、会いに行ってあげて欲しいの」

そう父方から言われても、ピンとこないのが本音です。
母の苦労を想うと、「はい。分かりました」なんて簡単には言えませんでした。

それでも、会うべきか悩みました。

もし母が生きていたら、そして父が病気でないのなら、こんなふうに思うことはありません。

母を亡くしたからこそ、もう一人の親である、その存在の人生を終える時を見届けなければならない気がするのです。

ですが、会ったほうがいいと言ってくれた主人とは逆に、母の親族は会う必要はないと言います。

関わらない方が私のため…
私の家族のため…
そう言われました。

私が幼いころから、母方は全力で私たち親子を守ってくれたことは知っています。

私の選択であるとはいえ、今日の私が幸せであるのは、たくさんの人の手助けがあったのです。
それだけの離婚劇だったのです。

もしかしたら、この期に及んでお金の無心をしてくるかも知れない。
面倒を見て欲しいと言ってくるかもしれない。

「会ってほしい、今更そんなことはないから」
そう父方は言いますが、私はもしうのなら、本当に死ぬと決まった時に…そう思っています。

どこかのドラマのように、父親が生きていたから「会いたい」なんてすぐに思えないほど遠い人です。

ただ、こうしている間にも、父は息を引き取っているかもしれません。

そしてまた、時間だけが過ぎていくのです。

父との別れはいつか訪れるのか分からないし、正直考えたくもありません。
生きているのか、いないのか分からない…それならそれでよかったのです。

私の中では存在しない人なのですから。

知らないところで勝手に人生を終えていて欲しかった。

そう思うわたしは非情でしょうか?

生き別れた父との関係

別れた父を愛しく思う人も、実際、会いに行く人もいると思います。

離別後の父親との関係性は人それぞれですし、別れてからも父親との仲が良好であるに越したことはありません。

小学生の頃生き別れた父親に、長期休みが出来ると、泊まりに行ったり会いに行く関係を続けている青年もいます。
別々に暮らしていても、父を尊敬し、また父親は子供を想う気持ちは変わらないのです。

また、物心ついた頃に父親と生き別れた友人は、成人してから、ずっと願っていた父親に会うことができました。
ですが、感動の再会はつかの間、お金の無心をされたそうです。
母親が別れたのも頷けたと言って、それ以後会うことはありませんでした。

私の場合、30年間生きてるかも死んでるかも分からない、他人より遠い父親が生きていたことをこの年で知り、喜びなんてものはなく、父方からの一方的で身勝手な情報でしかありませんでした。

会うべきか会わないべきか

この先父に会いに行くのか、間に合わないのか、自分でも分かりません。

会わないことを後悔するのか、会ったことを後悔するのか、想像することもできません。

会うべきか会わないべきか

母方から反対されても、父方から頼まれても、それは私がきめることなのかも知れません。

悩むなら会った方がいいという人もいます。

ただ今の私には母方から言われているように、何より大切な自分の家族があります。
この家庭に悪影響があることだけたは避けたい・・・

そう思っています。

それにしても、別れてからなんの音沙汰もない父親でも、こうして会いに行くのか悩む子供がいるなんて、幸せですよね。

その間、養育費もなく、たった一人、必死で育ててくれた母がいるのに、それでもこうして父親の最期の時を考えてしまうとは…

今まで父に対して感情が「無」だっただけに、こんな日が来るなんて思いもしませんでした。

結局これが親子というものなのでしょうか。

会うべきか会わないべきか…
何が正しくて正しくないのか…

40才過ぎ、それなりに人生を重ね、大人になったつもりでも、まったく想像できないのです。

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